立命館大国際平和ミユージアムへ行きました

 昨年京都府立総合資料館で見つかった戦前に作られた京都市内の住宅地図に基づき作成された建物疎開対象地域の地図が展示されているということで今日「戦争展」に出かけました。

 本土空襲が本格化した1944年7月から京都で建物疎開が始まり終戦の日まで続きました。

現在整備されている堀川、御池、五条の通りはこの御蔭つまり犠牲の下に出来ました。

 強制的に1万戸を越える住宅・商店・事務所等の建物が極短期間で立ち退きさせられたわけです。 祖母、母からその時の悲惨な事情をよくきかされました。

 本籍地の地番を住宅地図で確認しました。